夢の終わりに

第 13 話


結論からいえば、「あれ?」なんて言葉では済まなかった。
最初は、「この声、どこかで聞いた気がするけど、どこでだったかな?ラジオ?映画?」と曖昧だった。
絶対に覚えがあるはずだと、記憶から引っ張り出そうとしている間に、宿主が奥さんを呼んだ。バスタオルとモップを見た男は、背負っていた荷物を床へ降ろし、雨具のフードも下ろした。そのとき、心臓が壊れるんじゃないかと思うほど大きく鳴った。どきっ!なんてもんじゃない。今も心臓が早鐘を鳴らしている。俺の心臓が弱かったら、これで昇天してしまったかもしれない。
フードに隠されていた顔。
深い緑色の瞳はくりくりと大きく、年齢にしては幼い印象を与えるもので、茶色の髪は濡れぼそり、透明な滴を滴らせていた。邪魔だと言いたげに前髪をかきあげると、その顔はよりはっきりと見え、オイオイ冗談だろ?まじか?うわ!?俺って寝てたっけ??夢だろこれ???と、俺はものすごく動揺した。思わず声を出しかけたが、そこはどうにか抑えた。
宿の女将は「あらあら、いい男ね!」と嬉しそうにバスタオルを差し出し、「お前、お客様に何て失礼な」と、主はちょっと嫉妬しながら文句を言った。

「ありがとうございます」

男が笑顔でタオルを受け取ると、奥から覗いていたこの宿の娘二人が「かっこいい!かっこいいよ!」と悲鳴のような声をあげていた。まだ10代半ばの娘たちの発言に、父親でもある宿屋の主は慌てて、「部屋に戻りなさい」と叱っていた。この宿は家族経営だし、宿の主人たちはここで暮らしている。娘たちは聞く気は無いらしく、かといって両親の邪魔をする気も無いため、きゃっきゃと楽しげにのぞき見を続けていた。こりゃ、隙きを見て話しかける気満々だな、悪い男に引っ掛からないようにな?と、おじさんはちょっとだけ心配したが、ここまであからさまだと両親が見張るだろうし大丈夫か。
髪を拭くと、今まで濡れぼそりまっすぐだった髪の毛が、くるんと跳ねた。
まじかよ、と心の中で呟く。
水の重みで伸びていただけで、この男の髪は癖っ毛なのだ。あいつと同じく。そう、さっきの声、思いだした。俺がまだ人間だった時に、まだ18歳だった頃に聞いたあの声、この客そっくりの、あいつの声だ。
信じられない、奇跡って、あるんだな。
あいつの子孫とか?先祖がえりでそっくりとかあり得るし、ああでも、世界には同じ顔の人間が三人いるっていうから他人の空似か?でも、顔と髪、声までそっくりってどんな確率だよ。そう思いながら、早鐘を打つ心臓と動揺を抑え声をかけた。

「・・・よお、大変だったな。着替えはあるのか?」

なにせ荷物もぐっしょりだ。
ちゃんと雨対策していなければ、着替えも全部濡れてしまっているだろう。
これもなにかの縁だから、着るものがないなら予備の服を貸してやろう。

「・・・え、ああ、大丈夫です。ちゃんと袋に入れているので。えと、ここで着替えた方がいいのかな?」

下ろした荷物を開けながら男は答えた。
うわー!喋り方!喋り方も同じ!記憶のあいつそっくり!
おーい魔女先輩!こういうことって経験ありますかー?もしあったなら、一言教えてくれても良かったんじゃないですかねー!?こんなの、俺の心臓もたないぞ!
さすがに皆に見られて着替えるのはと、男は言った。
それは拙いと、娘の事も考えて店主は、風呂場へと促した。慌てる店主に奥さんは「あたしは浮気しないよ」と笑いながら言ったが、イケメンを目の前にすれば男は保守的になるから、まあ、俺は笑えなかった。娘もケチ!とブーイングだ。おいおい、見る気まんまんかよ。店主は再び叱りつけたあと、男を風呂場まで案内した。奥さんはそれを見送ってから床の服掃除をし、風呂場に行きかけた娘たちを叱り飛ばして部屋に戻した。こわっ、店主も強面だがこの奥さんのほうが確実に怖い。娘たちも慌てて部屋に戻っていった。
やがてシャワーを浴び着替えて戻ってきた男は手に先ほどとは違う袋を持っていた。あまりにもひどい状態だったからと、店主の好意で着ているものを洗濯してくれているそうだ。先ほどから聞こえ始めたがたんがたんという音は古い洗濯機を回している音だと気がついた。バックパックも洗ってくれるそうで、今使っている袋はバックパックの中に入れていた予備のバックなのだという。用意のいい事だ。

「お騒がせしてしまいすみません、あの、今日泊まれませんか?」
「あいにく部屋は満室でして、他の方とシェアする形になりますが」

娘と嫁さんの反応が気に入らななかったのだろう、店主は少し不機嫌そうだった。見た目が好青年でも、性格がどうかなんてわからない。娘たちに手を出すかもしれないと警戒しているのだ。それに、おそらく主人も気づいている。この男、さっきから笑ってはいるが、完全に作り笑い、営業スマイルだ。

「雨風がしのげれば十分です」
「そうですか、ではこちらにお名前をお願いします」
「ここでいいですか?」
「はい、お客さんはアジア系の方のようですが・・・」
「あ、はい。日本から来ました」
「ああ、日本から。それは遠くからよくお越しくださいました」

日本は比較的海外でも好感をもたれているため、それだけで店主の警戒はいくらか解けた。植民地時代のテロ多発国家のイメージはもうない。後の日本の評価は大きく変わった。初代超合集国議長が日本人だった事、英雄ゼロが日本で誕生したことも大きいだろう。

「では、お客様の部屋は7号室になります」
「7?俺と同じ?」

聞こえた番号に、俺はつい声をあげた。
まあ、後一人ならはいれるだろうが、うわ、ますます人口密度が上がるのかとうんざりする半面、この奇跡の人物と少しの間だけでも話が出来る喜びで、きっと今おかしな顔をしているに違いない。
声に振り向いたそいつは、驚いたようにこちらを見た。
これだけ生きていればポーカーフェイスの一つも覚えるはずだが、おれは未だに顔に感情が出てしまうのだ。
嫌がられていると、思われたに違いない。反省反省。

「そっか、宜しく。俺はリヴァル、案内するぜ」
「・・・宜しくお願いします」

声のトーンが明らかに落ちた。警戒されたなと俺は内心冷や汗を流した。

「それにしてもさ、こんな嵐の中歩き回るなんてどうしたんだ?別の宿で喧嘩でもしたとか?」

ちょっと雑談して警戒を解こうと話を振る。

「いえ、ここに来る途中に天気が・・・」
「ええ?」

思わず驚きの声をあげてしまう。だって昨日の夜にはここ、暴風圏に入ってたんだぜ?途中って、どこからだよ!?
店主も同じく驚き過ぎて鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「ビバークも出来ないし、夜通し歩いて来ました」

だから疲れてしまってと、本当に疲れたような顔で言うので、あー、これは早く休ませなきゃと部屋へ案内した。
普通の人間なら身動きできないぐらいの疲労だろうと、店主は相変わらず驚きの視線を向けてくるが、俺はというと、あー姿形そっくりなら、あいつ並みにすげー身体能力なんだろうなと納得してしまった。あいつは本当にすごかった。凄いなんてもんじゃなかった。
でも、あっという間に死んでしまった。
俺の友人の中でいうなら、ルルーシュの次に死んだのはあいつだった。
英雄だから、命を狙われる事はあるだろうって思っていたけど、それが現実になる日が来るなんて、あの時は思っていなかった。絶対に逃げだせないよう、空の上で行われた暗殺。乗組員の無残な遺体は数名分発見されたが、あいつの遺体は見つからなかった。「それでよかったの」と、カレンは泣きながら言った。護衛のためKMFに騎乗し、あいつが乗る飛行機の護衛をしていたのだから、俺たち以上に辛かっただろう。それでも、仮面の英雄だから、死んでしまったのなら遺体は見つかってはいけないと、自分に言い聞かせるように言っていた。カレンは俺がゼロの正体を知らないと思ってたからあんな話をしたんだろうけど、俺はなんとなく気づいていたから何も言えず、ただ話を聞いているだけだった。
俺は、最初のスザクの死で泣きすぎたせいか、二度目の死ではそこまで動揺しなかった。だからカレンは俺が知っていたことには気づかなかっただろう。ただ、若すぎる。せっかくの二度目の人生、英雄の人生がこんなあっけなく終わるなんてと、そればかり考えていた。あいつは幸せだったのだろうか。貧乏くじばかり引いていたんじゃないだろうか。今頃ルルーシュに「来るのが早すぎる!」と叱られてるんじゃないだろうか。だって、あいつが・・・スザクが死んだのはまだ24歳の時だったんだ。

Page Top